一度でもドーピングをしていれば薬をやめても速くなる

そういう考え方もあるのかという話

先日チャンピオンシステムの西薗良太選手が興味深い記事を書いていました。

西薗選手はプロロードレーサーとして活躍されていますが、この記事では昨今のドーピング問題について思うことをいろいろと書いています。

私などは「ドーピングはいけないことだ。ロードレース界からなくすべきだ」とは思いますが、それを理路整然と考えるということはできていません。

しかし、プロの目から見ての「ドーピング問題」と「ドーピングを行った選手」に対して非常に厳しい視線からの意見が描かれており面白かったです。

そして、そういう自浄作用がうまく働いていないのは、結局のところこの競技のファンの総意なのではないかという感じることがある。そもそもいっときのロックレーシングとか、最近のミケとか、現在の赤いロシアのチームとか、やばい人たちが集まって経済的に成り立つというのは、やはりそこにファンが付くからだと思う。

これなどは耳が痛い思いですね。やはりロシアチームのライセンス問題がひと段落ついてホッとしている自分がいるからです。

さて、この記事の最後のほうでは次のようなことが書かれていました。これは私が今まで考えたことのなかったドーピングの考え方だったので新鮮で目の覚めるような思いがしました。

ごく最近も、某イタリア人が、出場停止から復帰してチームが見つかったりすると、復帰おめでとう~とか、言っている人は多い。日本人が同じ事をやっても、復帰を望むのだろうか?それとも何らかの見識をもって、彼が無実だったと信じているとか?かなり無理があるぞ。

一度やれば、脳は通常超えられない壁を超えた感覚が焼きつくから、絶対にその後のパフォーマンスを引き上げるよね、という話も選手間でしたりした。

世界記録を誰かが突破してきた瞬間に、次々にそれまでの世界記録が破られたりすることがあるよね。あれだって、かなりの部分はイメージがはっきりするからだと思う。

ましてや自分の肉体で、薬物が入った状態で「その世界」を見てきたら、薬切れした後でもそこに近づくことは容易になるんじゃないかな。そういう意味では復帰した選手を同列に扱うのもどうかと思う。

これはドーピングを経験して今までの限界を超えた世界を一度でも知ってしまえば、それまでの殻を壊すことができるということ。つまり、薬を使うことで一歩前の世界に入ってしまうことによってそれ以降薬をやめたとしてもその選手の成績にはドーピングの影響が必ずあるという考え方です。

確かに、「絶対に破ることのできない記録」というものは一度でも破られるとそれからは次々とその記録を更新していく選手が現れてきます。ロードバイクではないですが一時期、水泳では高速水着で出た記録は高速水着は禁止になってもう更新されないのではないかと心配したことがありましたが、現在ではそれらの記録も破られているのが多いです。

そのようなことから考えても実現できるというイメージはパフォーマンスの向上にとっては非常に大きなものなのだろうと考えさせらせました。

そう考えるとドーピングをして復帰した選手などはほかの選手と違って一歩前に出た状態で、イーブンな勝負であるとは言えないのかもしれません。考えさせられる問題だなと思いました。

最近は大ファンのカンチェラーラにまでドーピング疑惑が上がってきていますが、ぜひとも彼はクリーンであってほしいなと願っています。