賢くなるほど弱くなってしまう現象

気力の衰え

以前シルベストのN村監督が興味深い記事を書いていました(参照)。以下引用

何をどうしたら強くなれるか。

心肺が弱い、足の筋力が無い、上半身が弱い、体重が重い?

よく観察すればフィジカル面の問題がそこにあり、問題に対応した練習をすれば確実に強くはなる。

それは、一面正解だけど、もっと基礎になる根本の根本は・・・精神

練習に行くのも、痛みを我慢するのも、眠気を我慢するのも精神。

上半身が弱いと考え、ウエイトトレーニングを行い、その苦しみに耐えるのも精神。

と言うより、ウエイトをしてまで強くなろうと言う思考をするのも精神。

いかに優れた肉体的素質を両親から受け継いでいても、それを伸ばし、生かす精神が無ければ、良い結果を残す事は出来ない。

イメージの世界ではあるが、肉体は精神の上に乗っかっている。

精神と言う土台がしっかりしていなければ、スポーツマンの肉体と言う芸術品は成り立たない。

もっと現実的に言えば、仕事で過剰なストレスを感じていると練習どころではなくなるし、私生活でトラブルを抱えていては集中して練習は出来ない。

精神的な安定が健全な肉体のベース。

強く(速く)なるためには肉体を鍛える必要がありますが、それを実現するためにはまず精神的な強さが必要になるというお話です。当たり前と言えば当たり前ですが、こうして文章にして読んでみると改めて自分の弱さについて考えてしまいました。

最近になってふと思ったのが、年を重ねて賢くなるほど知らず知らずのうちに精神面が弱くなってきているということです。

最近の私の例でいうとトレーニングを控えたことについてです。季節の変わり目といえ、2週間前までは「暑い」と感じていたのが今週に入ってからは「寒い」とまで感じるように変わりました。今年は特にひどくて日焼けした皮膚がめくれ始めた状態で寒くてコタツやホットカーペットを使ってしまっている状態です。

そんな季節の変わり目に体がついていかず、少し風邪をひいてしまったようです。熱はないのですが腹を下してしまい、頭までズキズキと痛くなってしまいました。日常生活を送ることはできるのですが、ここは大事を取って暖かい恰好をして薬を服用して体を休めようと考えました。

これは実に「賢い選択」だと思います。しかし、ふと思ってしまいました。昔はこんな考えはしなかったなと。

子供の頃などはスポーツの練習などを休むときは「熱が出たから休もう」とか「しんどくてまともに体が動かないから休もう」というものでした。体が練習できないから休むということはあっても悪くなりそうだから休もうというものではありませんでした。

いつから「悪くなりそうだからやめておこう」と考えるようになったのだろうと考えてしまいました。いろいろな経験を積み大人になっていくにつれて賢い選択をすることはできるようにはなりましたが、後から考えてみると別に運動して汗を流していても悪化しない可能性もかなり高い状態ではなかっただろうかと思います。賢さがついて安全策を取るようになって、知らず知らずのうちに精神的な面では「弱い状態」になってしまったのかななどと思うようになりました。

この話を人にしたところ「それは年をとったってことだよ」と言われてしまいました。肉体的にはまだまだ若い部類のはずですが、知らないうちに精神的には衰え始めているんだなと思い知らされました。運動で肉体を鍛えるのもいいですが、もう少し精神面も鍛えなおしておいたほうがいいのかなと思いました。